シリコンバレーで発見した「新しいビジネス」が育つ条件とは
WORLD INNOVATION LAB
ジェネラルパートナー・CEO伊佐山元氏
【プロフィール】1973年、東京都生まれ。1997年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(当時)に入行。2001年米スタンフォード大学大学院に留学。MBA(経営学修士号)取得後、2003年に退行。同年から米大手ベンチャーキャピタルDCMの本社パートナーとして勤務。2013年に日米のベンチャー企業の発掘・育成を手がけるWiLを創業。 https://wilab.com/
シリコンバレーと日本には、起業家を取り巻く環境に大きな違いがあった
BizteX嶋田(以下、嶋田):まずは、WiL創業に至った背景についてお聞かせください。
伊佐山氏(以下、伊佐山:敬称略):1997年に東京大学法学部を卒業後、当時の日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行しました。銀行を選んだ理由は、新しい産業を支援する仕事をしたいと考えたからです。
というのも、大学時代にアメリカからの留学生2人とソフトウエア開発のベンチャー企業を興しました。1995年か1996年頃のことで、まさにインターネットの黎明期。そんな時期にゴルフ場などの予約システムを開発し、企業に売り込んでいたのです。
嶋田:まだ通信環境も整わない時代に、一歩も二歩も先行くアイデアで勝負されていたのですね。
伊佐山:事業としては早過ぎたのか、なかなかうまくいきませんでした(笑)。でも、友人はアメリカに帰国後も5~6年、ビジネスを継続していましたね。一方、私はというとそこにジョインする勇気がなかった。でも、新しい産業が産声を上げる時代を過ごす中で、「ベンチャービジネスを自ら手掛けて、世の中に大きなインパクトを与える」のか、「ベンチャーを支援する立場になる」のか、どちらかには携わりたいと考えたのです。結果として私が選んだ道は後者でした。
当時の日本興業銀行にはたくさんの優秀な先輩方がいて、銀行を辞めてビジネスを立ち上げる方が次々と出てきていました。やはり世の中に大きなインパクトを与えるためには、自分で手掛けないとダメなのかなと思い始めた頃、学生時代に出会ったアメリカ人学生が通っていた、私にとって憧れの大学であったスタンフォード大学に、銀行から留学できることになったのです。
嶋田:やはりシリコンバレーは刺激的でしたか?
伊佐山:私が留学をした2001年はITバブルが崩壊した直後で、シリコンバレーも元気がなかったのです。でも、焼け野原になったときに、必ず新しい産業が生まれることに気づきました。そのうちの1社がグーグルでした。私の友人の何人かが初期メンバーとして頑張っていて、「便利だから使ってみて」と言われたのですが、正直、これがどんな価値を生み出すのかは理解できなかったですね。
たくさんの人がこのサイトに集まれば広告事業が成り立つという発想は理解できましたが、ピンとこなかった。でも、私が2年間、学生として勉強している間にどんどん成長し、2004年には上場。今の規模へと進んでいったわけです。アメリカ留学中に、私が一貫してやりたかったことは、“誰がどういうきっかけで事業を興し、どういう力が作用すれば成長・成功するのか”という「謎」を解き明かすこと。グーグルの成長を傍らで見る中で、その謎の解に気づいたのです。
世の中に蔓延する多くの課題に対して、どのようにしていきたいのか、解決するとどういう価値が生まれるのか。それをファウンダーが言い続けていくと、シリコンバレーでは次々と賛同する人が集まってくるのです。ものすごく技術に詳しい人や財務に長けている人、資金を出してくれるベンチャーキャピタリストなどが現れる。そして成長・成功に突き進んでいくことができる。
私はそれまで、技術も財務も会計も全部自分が理解して、こなせる人でないと起業家にはなれない、成功できないと思っていましたが、実際はそうではなかったのです。シリコンバレーは、いろんな場所で、いろんな人とコミュニケートすることができ、そこら中で新しいビジネスの種が生まれている。この環境を日本にもつくることができたなら、日本でもっと新しいビジネスを生み出すことができるのではないか。そう考えたわけです。
“何度でもチャレンジできて、いつか必ず成功できる”環境にするために世界のリソースと起業家をつなぐ
嶋田:そのままシリコンバレーに残りDCMでベンチャーキャピタリストとして働くことに?
伊佐山:はい。結局、銀行には戻らずに、米大手ベンチャーキャピタルDCMの本社パートナーとして勤務するようになります。グーグルの成功は見たけれど、それはほんの一握り、万に一つの確率ではないのだろうかと思い、いろんなベンチャーを見て、現実を知ろうと思いました。
実際、友人がベンチャーに参加するのですが、ことごとくつぶれていく(笑)。日本人の私からすると、「倒産したら人生終わりでしょう」と思ってしまうのですが、みんなケロッとして、またすぐに就職先を見つけてくる。それも性懲りもなく、またベンチャー(笑)。そしたらまたつぶれる。ジョーカーを引きまくるのですが、ところが6社目ぐらいに今でいうツイッターとかウーバーテクノロジーズとかに当たるんですよ。これは面白いなと。
私はそういった友人や日本市場に参入したいベンチャー企業を支援する仕事を手掛けていましたが、次第に日本のベンチャーも支援したいと考えるようになり、5年前にWiLを立ち上げました。
嶋田:WiLさんのホームページには、「Invest, innovate, inspire. 起業家を世界のリソースにつなぐ架け橋になります」という言葉があります。ここに込められた思いをお教えください。日本にもまだまだ有望なビジネスのシーズやリソースがあるという確信をお持ちなのでしょうか?
伊佐山:WiLを立ち上げるにあたり、“新しい産業を興しやすい環境をつくる”ことに注力しました。ベンチャーに参加した人が、失敗を恐れずに何回でも挑戦できて、どこかで正解を引けるような、ダイナミックな環境を整備しないといけない。そのためには私個人では限界がある。そうした背景から、WiLは公的機関や大手企業、海外のパートナー企業とも連携しながら支援できる体制を構築しています。その一つに、経産省との取り組みである「始動」のスキームがあり、社外の人たちと上手く連携することで成り立っています。
日本においてベンチャーの成長を妨げる大きな要素の一つとして、知名度がないということが挙げられます。知名度がないから信用を得るのが難しい。素晴らしい技術を持っていても、有象無象のベンチャーの一つにしか見てもらえない。それが同じものであれば、大手企業の名前があれば採用される確率が格段に上がる。
そうした日本の特徴を活かして、大手企業や公的機関とも連携し、彼らが持つリソースを借りることで、ベンチャー支援につながるインフラを構築する。大企業の後ろ盾があれば営業も容易になるでしょうからね。そういう側面からの支援によって成長を促していくのも、WiLの特徴です。
投資判断には「技術」も大切。でも「経営者の理念」、「存在意義」のほうが重要
嶋田:伊佐山さんが投資を決める基準は、どのようなものなのでしょうか? もちろんベンチャーキャピタルですから、投資した企業がさらに価値を高めることが重要でしょう。やはり技術力や競合とのアドバンテージが判断基準になりますか?
伊佐山:もちろん収益は大事ですが、当社の場合、お金儲けからスタートしたベンチャーキャピタルではないのです。あくまでも新しい産業の育成のためにつくられたインフラですから、一番大事にしているのは“経営者の世界観”です。
そして投資すべき分野や企業を選ぶにあたり、今後の世の中の動きを見ます。大きなトレンドとして言えるのは、「高齢化」「少子化」「働き方の変化」。これにより、社会がどんな問題に突き当たり、それを解決する術はどのようなものがあるのか。それを精査し、投資先を決めていきます。
さらに私たちが大事だと考えているのは、“企業の存在意義”。経営者がビジネスを興した動機を重視するのです。中にはお金儲けだけが目的の人もいます。決してそれを否定するわけではありませんが、お金が儲かれば、それを使ってさらに世の中を変えることにつぎ込んでいきたいという人のほうが、私たちのフィロソフィーに合っている。そういった価値観を共有できる経営者とともに未来を築いていきたい。それが私たちの思いです。
嶋田:弊社と米国のRPAベンダーにも投資されていますが、RPAについてはどのような見解をお持ちでしょうか?
伊佐山:現在、アメリカではRPAが猛烈な勢いで成長しています。日本ではバブル崩壊後、人件費が抑制されたこともあり、入力作業などのルーティンワークを人によって行うことが一般的。経営者のITリテラシーも低く、ITから雇用を守るといった間違った認識をお持ちの方も少なくありません。だから自動化がまだまだ進んでいません。
今後、必ずや日本でもRPAはビジネスシーンにおいて不可欠なものとなるでしょう。「BizteX cobit」は、シンプルな作業を自動化することにフォーカスし、比較的ライトに、誰でも気軽に使うことができます。そこが最大の魅力だと思います。
日本のみならずグローバルで、仕事の生産性アップが掲げられています。RPAをはじめとしたIT技術を、もっと日本企業も積極的に採り入れないと、常に世界に後れを取ることになるでしょう。「BizteX cobit」は、そんな企業に対して、まさに入り口として最適な製品。もっともっとニーズは広がっていくはずです。近い将来には、マイクロソフトオフィスのように、誰でも使うツールになれるポテンシャルを秘めていると思います。
嶋田:シリコンバレーと日本との違いは、先ほどお教えいただきました。では日本も、そういった場さえ整えば、ベンチャービジネスは活性化するのでしょうか?
伊佐山:そういった場、インフラを整えるために日本で事業を行っているわけですが、シリコンバレーと日本とには根本的な違いが存在するのも事実です。それはシリコンバレーには、ダイバーシティがあること。白人もいれば黒人もいる。ヒスパニックも、中国人も、インド人もいる。宗教も肌の色も違えば、当然生活スタイルも異なります。
一人ひとりのスケジュールが違ってくるわけです。私たち日本人が「日曜日に打ち合わせしよう」といっても、「日曜日はミサに行くのでできない」という具合。シリコンバレーでディスカッションしていると、いろんな価値観の意見がぶつかり合うので、情報量も多く課題発見能力が養われるのです。これは日本にはありませんし、真似したくてもなかなかできない。日本のベンチャーは日本市場を見ていることが多いですが、シリコンバレーは全世界を市場として見て、その前提で事業化の会話がなされています。そこが圧倒的に違うところです。
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クリエイティブな仕事に費やす時間が多いほうが、イノベーティブになれる
嶋田:働き方の変化においては、日本でも“働き方改革”が進んでいます。作業効率を上げ、残業を減らすことも求められていますが、アメリカでも同様の動きがあるのでしょうか?
伊佐山:日本は9時~17時に働くという概念が根強く、さらに上司や周囲の人が帰らないから自分も残業するといった習慣が長年ありました。アメリカにはそんな考えはありませんし、みんな早く帰りたいからものすごく合理的に効率よく働くのです。
会社から求められている結果にコミットしていれば、いくら早く帰ろうが、極端な話、週に3日しか働かないでいようが、給与やボーナスはしっかりと支払われます。逆にコミットできていなければ、簡単にレイオフされるのです。
私は、会社にいる時間が長い人ほど、イノベーターではないと考えています。イノベーションを起こすためには、実際に現場で起きている生の情報を手にする必要がある。会社で机の前に座っているより、たとえばキャンパスにいる学生にインタビューしたり、駅のホームで立っている人に意見を聞いたり、そういった社外活動ができる人こそ、面白いアイデアが出せると信じています。
これは何もマーケティング部門の人のみがやるべきことではなく、経理や社長もやるべきです。そうすると社内のあちらこちらから面白い意見が出てくるようになります。これこそが、イノベーション、会社成長の源泉なのです。マイクロソフトが週休3日制を試験導入するらしいですが、素晴らしい取り組みだと思いますね。
嶋田:現在、伊佐山さんが注目している分野はどんなものでしょうか?
伊佐山:前述の話とリンクしますが、生産性を上げて余った時間を、クリエイティブな仕事に有効活用するためのサポートを行うサービスに注目しています。たとえば会話の中の音声と感情をAIで分析し、「こういう話し方の特徴がある人は、クリエイティブな発想をする」といったデータが引き出せれば、人材が持つ能力をさらに活かすことができる。適材適所を見える化することが可能となります。
嶋田:アメリカでは、中年の方のほうが、ベンチャー成功率が高いと言われています。日本では逆のような気がしていますが、アメリカで数多くのベンチャーを見てきた伊佐山さんは、どんな意見をお持ちですか?
伊佐山:そもそも、日本とアメリカのビジネスパーソンのマインドには大きな違いがあります。アメリカでは常に“自分の武器”を磨こうと努力します。なぜなら存在価値がないと、簡単に首を切られるからです。一方で、日本企業の多くはまだまだ年功序列で、「部長」という肩書の中で生きている人が多い。中年でベンチャーを起こしても武器がないので負ける確率は高くなるのです。アメリカでは中年がベンチャーでの成功率が高いのは、経験も武器も持っているからです。
でも、日本にもいいところはあります。それは人脈です。ベンチャーを興す立場ではなく、人脈という若い人にはない武器を、“支える立場”で活かせば、大きなシナジー効果が発揮できるはず。そういった組み合わせが、日本には合っているのかも知れません。
嶋田:そういった人材交流といいますか、スムーズな異動を支援する仕組みづくりも重要ですね。
伊佐山:その通りです。ベンチャー企業は技術部門には優秀な人が集まりますが、監査役など間接部門の人材は薄い傾向にあります。今後、日本で「BizteX cobit」が普及すれば、大手企業でも余剰人材が生まれることでしょう。その優秀な人材をベンチャー企業に紹介し、新しい活躍の場を提供するのも、私たちWiLの役割の一つだと考えます。単なる出資ではなく、嶋田さんとはコラボできる部分がまだまだあると感じています。
嶋田:ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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